江戸時代の美意識。東博に受け継がれる、至高の甲冑デザイン3選
新しい年を迎え、身の引き締まる思いがするこの季節。東京国立博物館では、武士たちの気概を今に伝える名品の数々が公開されています。
徳川家康ゆかりの品から、新年にふさわしい富士山を象った兜まで。展示中の膨大なコレクションの中から、今こそ鑑賞していただきたい「侍の美意識」が詰まった甲冑3選をお届けします。
1.月と太陽が宿る、全身武装の機能美「白糸威胴丸具足」

まず、1階13室では徳川家康に仕えた武将の甲冑を観ることができます。兜の「月」と胴の「太陽」が鮮やかなコントラストを成す、非常に目を引くデザインです。
室町時代後半から、合戦の主流が鉄砲になると、隙間なく全身を守る装備が不可欠となりました。顔を守る「面具(めんぐ)」、腕の「籠手(こて)」、太ももの「佩楯(はいだて)」、そして足元の「臑当(すねあて)」。こうした多様な防具で全身を包むスタイルは、必要なものが「不足なく備わっている」という意味から、「具足(ぐそく)」と呼ばれます。
甲冑の多くは、「札(さね)」という鉄や牛革の小さな板を、絹や革(特に鹿)の紐でつなぎ合わせて作られます。この紐を通すことを「緒通し(おどし)」と呼び、甲冑の名称によく使われる「威(おどし)」という漢字の語源にもなっています。
こちらの「白糸威胴丸具足(しろいとおどしどうまるぐそく)」は、白い糸で綴じられた胴が美しく、特にお腹の部分に配された紅い糸の「日の丸」が印象的です。日の丸の意匠は古くから存在(註1)し、戦国時代には船印(ふなじるし)などにも使われていました。ちなみに、日の丸が正式に国旗となったのは、それから数百年後の1870年のこと(註2)です。
2. 銀の崖を冠する、黒田家ゆかりの「一の谷形兜」
2階の第6室「変わり兜」のコーナーでは、福岡藩・黒田家が代々愛用したといわれる「一の谷形兜(いちのたになりのかぶと)」が展示されています。
こちらは黒田長政の息子の所蔵品と伝わっていますが、父・長政自身も同型の兜を所有しており、この兜を着用した姿が史料にも残されています。
この独特な形状は、平安時代末期の源平合戦において、源義経が急峻な崖を馬で駆け降りて平氏を奇襲した「一の谷の戦い(現在の神戸市)」の故事にあやかったものだそうです(註3)。
驚くべきはその構造です。険しい崖を表現した背の高い部分は、檜(ひのき)の薄い板を曲げて形作られ、表面には銀箔が押されていました。勇壮なエピソードを、銀の輝きと大胆なフォルムで表現した、まさに「武将の美意識」を象徴する一品です。
3. 「天下一」を纏う、新年にふさわしい「白糸威富士山形兜」

最後にご紹介するのは、同じく2階6室に展示されている「白糸威富士山形兜(しろいとおどしふじさんなりのかぶと)」です。お正月を祝うこの時期、東博で縁起の良い富士山の姿を鑑賞できるのは、なんとも嬉しい体験です。
兜の上部をよく見ると、かつては山頂に鮮やかな銀箔が施されていたことが伺えます。専門家によれば、当時、富士山は「不二(唯一無二)」や「不死」、そして「天下一」を象徴する山とされていたそうです(註4)。
この兜には、名峰の姿に自らの野心と無病息災を重ねた、武士の切実な願いが込められています。厳しい戦いの時代に、こうした美しい風景を身に纏うという発想こそ、まさに「サムライの美学」と言えるのではないでしょうか。
註1 秋山哲男「国旗〈日の丸〉を考える」1977年(大阪大学学術情報庫)
註2 鹿児島県ホームページ「日の丸 発祥の地」
註3 福岡城公式Instagram「黒田長政肖像」
註4 佐藤寛介『東京国立博物館コレクション 日本の甲冑』2021年(東京国立博物館)