【レポート】能楽の聖地・矢来能楽堂で学ぶ「敦盛」と能面の世界
アートガイドの皆様、こんにちは。 東京国立博物館の7室再開(4月ごろ)や、話題の「東博能」開催(4月17日〜6月7日)を控え、ガイドの際の「ネタ」としてお役立ていただける体験レポートをお届けします。2026年1月17日、神楽坂にある歴史的な「矢来能楽堂」の見学体験会に参加してまいりました。
歴史を刻む「登録有形文化財」矢来能楽堂
神楽坂駅から徒歩5分。ここには、都内の現存する能楽堂で2番目に古い歴史を持つ「矢来能楽堂」があります。 関東大震災や第二次世界大戦による焼失を乗り越え、1952年に再建された現在の建物は、2011年に国の登録有形文化財に指定されました。三間(約5.4メートル)四方の本舞台は、一歩足を踏み入れるだけで背筋が伸びるような独特の緊張感と美しさに満ちています。
現在は、国内外で活躍される三世 観世喜之(かんぜ よしゆき)氏が当主を務め、観世流の一派である「観世九皐会(かんぜきゅうこうかい)」の本拠地として、能楽の伝統を今に伝えています。
敵が「真の友」へ:世阿弥の名作『敦盛』を味わう
今回の体験会では、世阿弥の傑作『敦盛(あつもり)』の名場面が実演されました。 『平家物語』でも有名な、16歳の美少年「敦盛」の最期を描いた物語ですが、能では独自の視点で「救済」が描かれます。敦盛は平清盛の甥で、笛の名手でした。
一ノ谷の合戦で、若き平敦盛を討った熊谷次郎直実は、世の無常を感じて出家し「蓮生(れんしょう)」と名乗ります。後年、敦盛の菩提を弔うために一ノ谷を訪れた蓮生の前に、草刈男に姿を変えた敦盛の霊が現れます。かつての敵同士が、仏縁によって「真の友」として再会し、共に舞い、死者の冥福を願うという、魂の交流の物語です。(註1)

この名場面は、歌川広重「熊谷敦盛組討」でも描かれています。熊谷は、わが子と同年代である敦盛を見て、一度は彼を逃がそうと試みました。しかし、背後から源氏の味方の軍勢が迫り、もはや逃げ場がないことを悟ります。「他人の手にかけられるよりは、せめて自分の手で葬り、後の供養を全うしよう」という苦渋の決断を下し、直実は涙ながらに、敦盛の首を斬らざるを得ない状況へと追い込まれます。
鑑賞を深める「能の道具」ミニ知識
矢来能楽堂に展示されていた能面や道具の一部をご紹介します。
①白色尉(はくしきじょう)
「翁(おきな)」の演目で使用する面。大きな眉、長いひげ、下がり目、口の元の微笑みが特徴的。「にこやかな笑顔は天下泰平(註2)」の祈りにつながります。
②若女(わかおんな)
20歳くらいの女性の能面。太眉、切長の目、つやのある肌、かわいい口元が特徴です。
③泥眼(でいがん)
白目と歯の先が金色に塗られています。能の世界では、金色は人間を超越した存在(註3)を表すそうです。能「葵上」では、六条御息所の霊の役に用いられます。
④白頭と赤頭(しろがしら、あかがしら)
カツラの色にも意味があるそうです。白は老体や高位の存在、赤は天狗や怪力を持つ若々しい存在を表します。
⑤唐団扇(とううちわ)
唐人の役が持つ団扇。楊貴妃のような高貴な女性の持ち物だそうです。
註1「敦盛」the能.com
註2 「装束展示 翁面」矢来能楽堂ホームページ
註3 「能面 泥眼」文化遺産オンライン
昨年は東博で「土蜘蛛」や「葵上」といった演目の能面や衣装が展示されました。今年は、矢来能楽堂や東博、国立能楽堂でその2つの演目も行われる予定です。