日本美術から現代アートまで。通訳ガイドが頼りにする「現場で役立つ」7冊
梅の花がほころび、春の足音が聞こえてくる季節となりました。本格的な繁忙期を前に、じっくりと知識を蓄えるインプット期間を過ごされている方も多いのではないでしょうか。今回は、通訳ガイドとして現場に立つ中で、ゲストからの鋭い質問に応える際に私を支えてくれた7冊を厳選しました。日本美術の基礎から現代アートの言語化まで、皆様のガイドの引き出しを広げる確かな一助となれば幸いです。
「日本美術をどう鑑賞するか?」――佐藤晃子さんの著作を薦める理由

日本美術の入門書として私がお薦めするのは、佐藤晃子さんの著作です。佐藤さんは一貫して「専門知識がなくてもアート鑑賞を楽しめるように」という視点で執筆を続けてこられました。守備範囲は日本美術にとどまらず、西洋美術や文学にまで及び、数多くの著作があります。最近では『印象派に恋して―テーマから紐解く、光と色彩の魔法―』や『源氏物語 解剖図鑑』も話題になっています。
今回は、佐藤さんの名著『常識として知っておきたい 日本の絵画50』と『常識として知っておきたい 日本の国宝50』をご紹介します。この2冊は、「目の前にある作品をどう見るか」という補助線を引いてくれるような語り口が特徴です。日本美術の鑑賞ポイントや歴史的背景、絵師の意外なエピソードが次々と飛び出します。
例えば、東京国立博物館で正月のわずか2週間ほどしか公開されない「松林図屏風」の章では、次のように綴られています。
「実際に見てみると、図版で見る以上の吸引力があり、描かれた霧の中に迷い込むように、絵に引き込まれたことを覚えている。意外と荒々しいタッチで描かれていることも、実物を目の当たりにして初めて気づいた発見だった。だから『松林図屏風』は、できれば一度、間近で見ることをおすすめしたい。」
このように、読者に「そこまで言うなら一度見てみたい!」と思わせる熱量があります。最初から通読するのではなく、気になる作品のページから自由にめくってみるのがお薦めです。お気に入りの日本画が見つかると思います。

今回紹介した本は、ご本人が美術鑑賞を心から楽しんでいる様子が文章から伝わってきて、こちらまでわくわくしてしまいます。国宝について詳しく知りたい方は、『常識として知っておきたい日本の国宝50』もおすすめです。
現代アートの苦手意識を払拭する――自分の言葉で語るための厳選5冊
私は2015年ごろまで、現代アートが苦手でした。「作家が何を言いたいのか分からないし、そもそも理解されようとしていないのでは……?」と思い、避けていました。
転機となったのは、アート好きの友人が何人かできたことでした。一緒に美術館やギャラリーへ通ううちに、いつの間にかその魅力に引き込まれ、美術検定の受験を決めたあたりから、関連書籍も手に取るようになりました。
今回は、そんな私が現代アートの入門書として読んだ5冊をご紹介します。
1.現代アートの研究者が描くイラスト付きの入門書、筧菜奈子『めくるめく現代アート』

本書は、現代アートの研究者である著者が、国内外のアーティスト40人と主要な40キーワードを厳選して解説した入門書です。
作家のバックグラウンドや代表作のポイント、さらには難解と思われがちな専門用語の意味まで、明快に整理されています。現代アートの「基礎知識」を時間をかけずに、かつ楽しみながら身につけたい方に最適な一冊と言えます。近著『いとをかしき20世紀美術』もいいですが、個人的には『めくるめく現代アート』をおすすめします。取り上げられているアーティストの数が多いからです。
2.現代アートへの「?」が「!」に変わる一冊:藤田令伊『現代アート、超入門!』

次におすすめしたいのが、藤田令伊(ふじた れい)さんの著書『現代アート、超入門!』です。藤田さんは、大手出版社の編集者を経てフリーライターとして活動されています。
タイトルには「現代アート」とありますが、内容は主に19世紀後半から20世紀にかけての美術史が中心です。マティス、ピカソ、カンディンスキー、そして「便器」を作品として提示したデュシャンなど、現代美術の礎を築いた巨匠たちが登場します。「なぜこれがアートなの?」と疑問を抱きがちな、一般読者の視点に寄り添った書き方が特徴です。ミュージアム・ショップでよく目にする本です。
3.世界を席巻する水玉の原点は?――草間彌生の自伝『無限の網』

本書は、この春97歳を迎ようとしている今もなお、現役で創作活動を続ける、草間彌生さんの自伝的エッセイです。
長野県松本市の種苗問屋の娘として生まれた彼女は、親との確執や強迫神経症による幻覚に悩みながらも、1950年代に単身で渡米しました。そこで、どのようなアーティストと交流し、いかにして独自の表現を切り拓いていったのかが生々しく綴られています。
最近では、ルイ・ヴィトンとのコラボでも大きな話題となりましたが、海外からのゲストの間でも彼女の人気は凄まじく、通訳ガイドとして質問を受ける機会が多々あります。彼女の壮絶な半生を深く知るのに、最適な一冊かもしれません。
4.「現代アートを理解するために、まずは西洋美術史の復習から」という方へ――池上英洋『西洋美術史入門』

現代アートを深く鑑賞するために、まずはその土台となる西洋美術史を復習したい……。そう考える方におすすめしたいのが、池上英洋さんの『西洋美術史入門』です。
著者の池上さんはイタリア美術を中心に数多くの著書を持つ専門家ですが、本書はちくまプリマー新書ということもあり、中高生でも無理なく読める平易な語り口で構成されています。
「美術館でゴッホやマネなどの名画には親しんでいるけれど、一度体系的に西洋美術史を振り返ってみたい」。そんな大人の学び直しにおすすめの本です。(高階秀爾さんや三浦篤さんの本を読む前に、ぜひ...!)
5.鑑賞前後の「あの言葉、何だっけ?」を解決する一冊――『現代アート事典』

最後に、美術館やギャラリーへ頻繁に足を運ぶ方にぜひおすすめしたいのが、『現代アート事典』です。 現代アートの展覧会では、しばしば難解な専門用語を用いた解説に出くわし、「結局、どういう意味だったんだろう……」と戸惑うことがあります。
こうした網羅的なリファレンスが手元にあると、心の支えになります。予習・復習のツールとしても便利です。
今回紹介した本の一覧
- 【日本美術編】鑑賞が楽しくなる2冊『常識として知っておきたい 日本の絵画50』(佐藤晃子)『常識として知っておきたい 日本の国宝50』(佐藤晃子)
- 【現代アート編】現代アートの入門書5冊『めくるめく現代アート』(筧菜奈子)—イラストで整理する『現代アート、超入門!』(藤田令伊)—現代アートが苦手な人の目線『西洋美術史入門』(池上英洋)—まずは西洋美術史の土台から『無限の網』(草間彌生)—作家の熱量に触れる『現代アート事典』(美術手帖 編集部)—いつでも引ける安心感
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※筆者の都合により、配信が1日遅れましたことを深くお詫び申し上げます。